思想的に欲張りが「ガリバー」的になって大風呂敷な「序章」である。

 毎月大手出版社の5大文芸誌「文学界」「すばる」「群像」「新潮」「文芸」には目を通すことにしているのだが、毎回なぜか「新潮」だけはあまり私の関心を引かない雑誌だった。しかし今回、その雑誌にガゼン注目したのには理由がある。東浩紀という名前だ。その「関心」の経過を説明しておかないと、以降の批評の意味が理解されないと思うので、いきさつを少しばかり振り返っておく。

 実は私は「純文学とはどんな小説か」にずっと拘ってきた。それは、浅田彰の「構造と力」という、人間が辿り着いた「知」あるいは「教養」が生かされ応用された小説(文芸批評家桂秀実らのいうまだ生まれていない小説)が、形式的にも、文体的にも、そしてもちろん小説内容もすべてが示唆されるような「小説」こそが、いわば到達した小説、すなわち純文学なのだと考えている。「構造と力」を書いた浅田彰にしても、新人賞の選考委員はするものの、その当の本人が自ら小説を書いたほうが一番手っ取り早いと思うのだが、そんな野暮なことはできないらしい。そしてこの「構造と力」に続いてジャック・デリダの理論を引っさげて登場したのが東浩紀の「実在論的、郵便的」だった。「構造と力」をより実践的に論じたのがこの論文であったのだ。彼も、柄谷行人と同じように、何度か文芸誌の小説作品の評論を短い間試みていたが、どうやら小説をモノしてみようという野心があったらしい。「新潮」五月号の東浩紀の小説を発見したとき、いわば浅田がしなかったことを彼はやるのだなと、わたしは直感的に思ったのである。これは、注目すべき小説に違いない、一連の思想系哲学系も踏まえた上でいったいどうゆう小説ができあがるのであろうか興味津々ではないかと。

 「ファントム、クォンタム」という小説は以上の意味で上記の問題が小説という形で満足のいくものになっていなければいけないはずなのである。しかし、今回の「序章」だけでは、その問題はまだわからない。未知数である。なにやらたくさん項目が立ててある。よくばりなほど盛りだくさんに広がっていきそうな気配はある。今回はそれだけしか判らない。しかし、よく読んでみるとこの「序章」は実に「荒唐無稽」で読者限定ではないか。世代制限がありすぎる。もっとも、作者はそんな問題は確信しているような節が窺えるのだが。

(この項続く)

 文芸雑誌「新潮」は「別の世界」のメディアか?

 かって、言論界の若き批評家東浩紀は、言論界の誰もが「のたまう」小説の死を、彼はかれなりの言葉でつぎのようにいう「僕にできることは、僕がすばらしいと信じるものが正当に評価される状況を作るべく、言説で多少とも世の中を変えていくことです。僕は、批評家として、別のところから、別の仲間とともに、別の市場を使って文学を変えていくことになるでしょう。『ファウスト』がその出発点となればよいのですが」。この言説は彼のブログ「渦状言論」でのたまわった言葉である。そういう彼が、それを示す小説を「新潮」五月号に掲載した。タイトルは「 ファントム、クォンタム――序章(小説)/東 浩紀」である。「2035年から届いた一通の電子メールが全ての始まりだった。ディストピアとしての超高度情報社会を予見する21世紀のガリバー旅行記」という雑誌側の内容解説が付してある。

 かって、文芸評論家の小谷野敦も、同じく、散々小説を貶しながら、自らその批評の結果である、恋愛小説をモノして文学界に掲載したことがある。それを読んで「なんだ!」と思ったことがあるが、東浩紀のこの近未来小説もそれと同じである。こうして小説を上梓した以上、小説という形式だけは温存のまま、彼にとっては、小説の死はなかったということだ。なぜなら、こうして小説形式を謳歌しつつ表現しているからである。

 さて例によって、この小説をわたしなりに批評を試みたいと思う。

●映画「Bngkok Love Story」を観た。2007年タイの短編作品である。

Bangkok Love Story


 今月から我が「文学関連」ブログに「映画」のカテゴリーを追加しました。いわゆる「ハリウッド映画」に限らず、マイナーな映画を発掘して、文芸時評の地平を広げていきたいと思います。ちょうど、昨今は、60年代の日本で「芸術映画」「作家映画」などと称して、当時の商業映画と対抗していた、ATG映画が復活しています。牛田あやみ著「ATG映画+新宿、都市空間の中の映画たち」を読むと、わたしにとって、あの懐かしの、新宿同時代が蘇ってきます。ATG映画傑作選 Vol.2 [DVD]ATG作品は多数発売されています。掲示の写真はそのひとつです。

 そんな今日このごろです。文学と映画がいかに融合するか、考察するのにもこのカテゴリーは必要なものになりました。

 まずは、ネットでの映画発掘です。

 ●「バンコック ラブ ストーリー」のダイジェスト版です。



 ゲイ映画なのであるが、字幕スーパーなどはなく、タイ語のまま、英語の解説があるのみで、作品情報はそれで知る以外になかった。不思議なもので、それでも感動させられた。二回観てだいたいの内容は把握できたが、細かいセリフはやはり空想するしかなかった。それで、さまざまなおもしろい発見をした。
 まず、映画の内容によるが、言葉の意味を理解できなくてもプロットを理解でき、映画という表現は、それでも結構楽しめることを知った。それはこの映画が「ゲイ」を扱った作品だからであろう。そういう意味ではヘテロには、サッパリ理解不能ではなかろうか。わたしには戦争や歴史モノだとこの映像に比べてその半分も理解できないだろう。これがゲイを中心テーマとしているからわたしに理解できたのだ。また、映像は視覚的行為を目で見るから結果的に理解判断できるのだが、その動機や詳細な心理的意味はやはり、言語がその意味を荷っているのだなということにも気がついた。こういう行動を起こす、その深い動機、涙の意味、心理の経過などは、行為には結果として顕れるに過ぎないのだなということ。そこで、このアクションでセリフが吐かれているが何を言っているのかわからないとき、わたしなら、ここではどんな言葉を吐くだろうかと想像してみるのだ。

 英語の、この映画のカテゴリーわけの解説では、Gay Romantic Action Movie となっている。たしかにゲイ映画で、アクションものはめずらしい。その意味では相当に娯楽性を意識した作品である。男同士の性行為の描写にも意識的に映像美意識がはたらいているようで、その絡みは現代バレーのような動きを採用し、その場所が誰でもがオープンに目撃できる昼間には往来の激しい道路の深夜と都会の屋根風景を背景とした屋上の二箇所だけである。
  
 40分ほどの短い間に、タイの社会状況のあらゆる問題が盛り込まれる、欲張りな作品である。だからいかにもダイジェスト的である。貧乏、生活格差、男と女の問題、エイズという病気の問題、発展する都市の中の人間の人間らしさの喪失の問題等が絡んで、その中で偶然(なにが動機なのかがつかめない)生まれた男同士の愛の問題が問われていく。しかしこれもなぜか、一方の主人公が強引に拒否をすることから、その拒否の理由ももう一つ明確でない。メイの生い立ちが過去のシルエットで回想されるが、このシーンは、父親か叔父か他人か掴めないが、弟と共に犯されそうになるというもので、二回回想されるのだが、このシーンがトラウマの意味なのかどうかも明確でない。もう一方の主人公はただひたすらおおらかに求め続けるのだが、そのような「愛」とは何かの問題も提示する。モノトーンに近い暗い映像で意識的に見えない部分もありそれが効果的でもある。誰かが「切なく暗い」と評価していたが、普通南国バンコックの環境では却ってこのくらい絞らないと、何を描いてもバカみたいに、底抜けに明るいバンコックの生活なのだ。この監督(名前を忘れた)は、香港のウオン・カーウエイのゲイ作品「ブエノスアイレス」を意識しているようだ。また、都市の描き方は、台湾の監督(名前を忘れた)の一連のゲイ映画のそれに似ている。そのいずれも暗い画面設定である。こうすると、あのバンコックが違った北の都市のように写るから不思議である。バンコックの街は、汚れてはいてもこのような暗さは感じられないからだ。そして、こういう映画のイメージとしてどうもタイ語の音声がもう一つマッチしないのである。あの発音はどこかおどけた感じがするのである。なんだか、主人公がかなわぬ愛に苦しみ耐える動きとしゃべるタイ語の音声がしっくりしないのである。意味がわからないからよけいにである。

 主人公はどちらだろうか?ひいきめと好みでいうとわたしは、愛し続けようとするイットのほうだが、貧乏のために殺し屋家業の長髪の青年のメイもいかにもストレートらしくイットの愛を拒否しながら本音に耐える姿もよく演じている。

 わたしが残念に思うのは、新婚ほやほやの警察官が、なぜ突然のようにその性指向が変わってしまったのか、その理由がこの映画ではさっぱりわからないということだ。理解できないタイ語のせいかもしれないが、どうもしっくりこないのだ。あるいは、もともとそういう性指向が隠されていたのだろうか。それならばそのとっかかりはなんだろうか?南国、バンコックのあの太陽のせいで、底抜けの明るさとあっけらかんとしたタイ人気質ならこのような拷問じみた耐え方は似合わないのである。まるで中国のゲイ映画のようだ。 極東という、地球のすべてが吹き溜まる、列島「日本」では、こういう映画をどう処理できて、再表現するであろうか?

 「芥川賞受賞作品を読む」というブログを立ち上げて、もうすぐ一年になる。弁解するつもりはもうとうないことだが、状況くらいはここにメモしておきたい。

 芥川賞受賞作品は、今年の作品でおおよそ150作品くらいになるので作品数からいえばそれほど多くはない。しかし、それぞれに読み応へはあるし受賞年度の時代状況など考察しつつ、今現在の視点で読みつつ、それに加え評論的表出を試みつつ読んでいるのでものすごく時間のかかる読書行為となっている。これがまたおもしろいところなのだが、いわゆる、読書の最初の楽しみである、最初の印象レベルでの読みはもうほとんど終わっているのである。そっれを書評的に表出するだけなら、もうとっくに、今度は「直木賞」へ移れるのである。早くそうしたいのだが、なんとか、「芥川賞」もわたしなりの「結論」を出して次へすすみたいのである。いえい!もう少しの辛抱だと自分に言い聞かせている、今日このころである。

●久々に「映画」を楽しんで考えさせられた事。

 映画からの感情移入は、おそらく誰もが経験済みのことと思うがとても強烈である。それは全身的と言おうか、人物と一体化してしまうほどの影響力がある。若い頃は、観た後のこの一体化の感情が一日中持続して、その映画に衝かれたような現実感の生の喪失状態を体験したものである。最初は日本映画だった。わけあって成長するにつれて日本映画はうそ臭くなって、外国映画に感情移入の強さは移行した。

 今回観た映画は「マイルーム」という1996年の映画だった。対称的な女姉妹のありふれた日常の中の葛藤が描かれていて、決してドラマチックではない。映画ならきっとあっちへ向かうだろうという予想を尽くリアルな現実表現へと向かわせて映画につき物のファンタジーや夢っぽい方向へはついに向かわない映画であった。メリル・ストリープダイアン・キートンの対照的な演技が共に達者でついつい絆されてしまうのである。実際の話が、一般人の人生、その時間なんてどう考えてみたって「この程度のモノ」なのである。痴呆の父がいて叔母と共に住み、妹は遠くで生活している。その子供たちは、例によって、悪も良いも普通である。ほとんどの一般人が抱えていそうな、ありふれた家族形態であり、起きる事件もだれでもが体験するだろうはずの承知済みのことばかりである。

 ところが、そんな日常が、映画という表現の中で見せ付けられると、途端に変質する。それが映画表現というものなのだろうか。俳優たちの演技力もあるだろうし、監督の視点での編集効果もあるだろう。こんな日常の一コマ一コマがイワユル感情移入の領域へと没入させられていくのである。感動的になるのだが、その素材は決して感動的なのではない。ほんとに単なる日常の一コマの連続なのである。にもかかわらず、これはいったい何故だろう?映画ならなぜこのように感情移入的な要素が容易なのであろうか。

 わたしは、言語だけの表現である小説表現との違いを、この感情移入という効果をキーワードに考えようとしているのである。結果として、この感情移入という感得感情は、この二つの表現手法から、同じしかたでやってくるものであろうか?どうもそれは、根本的なところで全く異なっているといいたいのが、わたしがいつも感じることなのである。多くの言語表現者は、この映画的「映像」を単にそのまま言語化すればよいと考えているようだが、それは全く違うのである。小説の所謂情景描写というのがある。この情景描写という言語羅列について、なんと多くの実作者は無意識的なのであろうか?それにもかかわらず、いわゆる「心理描写」という効果についてはとんどの小説実作者は「それ」を避けるきらいがある。言語ができる効果は情景描写よりも、その心理描写でなければ「映像」に太刀打ちできないにもかかわらずである。映画の場合、「マイ・ルーム」に限っては、これ英語圏のものだから、耳にする音声言語は英語であって、この場合何の言語的効果はない。あるとすれば、日本語の字幕のみである。この日本語の影響は、単に脚本的効果、進行的な効果しかない。だからここからくる「感情移入」は100%映像によるものだ。小説の側からすれば、これは小説言語に置き換える以前の「リアル」段階の素材的なものでしかない。小説が成り立つのはこの「素材」の後である。

そのことについて、今回の映画はとても示唆的であった。単なる日常を感動的なものに変質させるには、言語使用のみの小説実作者にとって、この単なる日常を描いた映画をそのまま情景描写したのでは始まらない。始まらないのに、実はなんと多くの実作者は、そのまま描写してしまうことであろう。今後も追って細述していくことにする。

●「サルベージュ」12号が発刊された。

 「サルベージュ」12号が今年も発刊されました。内容は以下のとおりです。

 小説の部

1、「恋に恋して」(安西果歩)
2、「向日葵(ひまわり)」(夏祐子)
3、「青春の断章」(大杉隆士)
4、「朴散華(ほうさんげ)」(小橋菊江)
5、「タッちゃん」(端乃木教)

 エッセーの部

1、「店じまい」(小橋菊江)
2、「父と本と私」(森本坦子)
3、「光子ちゃんの死」(安西果歩)
4、「ペットロス」(端乃木教)
5、「勝彦との思い出」(小山晴子)

 以上の作品をこれから感想していきます。それぞれの作品は、感想日記へリンクしております。

●批評という行為

 もちろん、書く行為、言語による表現行為のことである。言語が示す「行為」のことではありえない。このことは哲学的思弁をできるだけ思弁的心理の流れに沿って言語化を試みるのに似ている。これを敢えてことわるには理由がある。もとより小説に表現形式が存在しそれによって文体が制限されるのだが、評論もその独自の表現形式がいくつかあって、わたしが採用するのもその中のひとつである。したがって、それを読むには小説を読むのと同じで、しばらくは読者に慣性が要求される。小説と同じで、慣性が身に着かない読者はいつまでたっても、それを読むのは辛く小難しいばかりになる。これは、結局のところ、読者を選ぶことになる。それは仕方のないことだとあきらめねばならない。つまり表現結果を読む場合小説も評論も同じ「行為」だが、それらを表現する好意となると、この二つは全く異なった行為であり、あらねばならない。評論的な小説であったり小説的な評論であったりするのは邪道である。その結果、最終的にこの二つの道は最終的に大きく隔たっていく。小説の目指すモノと評論の目指すモノは異なるのである。もちろん、人間の人生というような「生」の総合的な問題追及では目標としては同じなのだが。
  
 批評という行為はあくまで対象となる言語表現を独自に「選択」しそれを「読み、それによってなんらかの理解と納得を得る」ということであり、評論行為とは、それによる結果の「行為」を意味するものではない。たとえば、デモという「行為」と「批評」の間には、大きな隔たりがある。人はこの事を誤解している。だから、評論家と小説の実作者が「小説」を中に置いて、あれこれと小説がうまく書けるのはどっちだみたいな議論をしているのをよくみかけるが、それは本質を誤解している同士のやっかみの感情論のように見えてしまう。評論家の小谷野敦が書く「小説」は奇妙に小説らしくない。蓮見重彦のそれもそうである。いったん小説を評論的に読み、その結果の実作をするとなると、わたしは、それはできないと考える。できたらおかしい。そういう才能たるもの実に疑わしい。バイセクシュアルでは「どっちつかず」なのである。この二つの種類の表現にどっちつかずがあっては、そのどちらも究極をめざしているとはいえない。その定型と文脈形式は男と女のように違っていなければならない。ポストモダンな時代にあっては、まずもってこの定型の「匠」に慣れた後に再構築が始まるのではないか。それまでは、この二つは決して融合することはないだろう。

 このことは、言語行為と現実行為のバーチャルな脳の認識差による。普通は、これが一致しているものだと思われているようだが、実際は異なる行為である。別な言い方をすると、理論上の行為と実際行為の「差異」というべきかも知れない。こういう差異を承知していないと、評論的行為を誤解することになるだろう。

 小説創作に慣れた人は、言語使用における現実認識が、批評行為における現実認識とは大きな差異があることを知らねばならない。かっては、それを視点の差だと言っていた。しかし、視点の相違なら、小説家は、視覚的差(行為の差)を意識するだろうが、批評家ならそれを論点の差と解釈してしまう。視覚的差異には、見えない部分を括弧に入れておかねばならない。が論点の差なら、見えない部分は語られる。この点を小説家は、説明過多だと禁忌するが、評論ではそれを省くことこそ禁忌なのである。

 また、批評家、とりわけ文芸批評家は、その評論を表現するのに「小説」をよく題材にする。もちろん、書評としてこれらは別個に括らねばならないだろう。しかし、古典の小林秀雄を始め、柄谷行人などは、小説を書評しつつ評論活動をづっと批評の表現にすることはなかった。その飛躍が「近代文学の終わり」小説の終わりと考えるかは別にして、わたしは、表現としての批評は常に小説表現のノオウハウや、実作者の感性の感得者であり続ける必要はないと考える。評論は必然的に小説から離れていくものだと考える。

 わたしは、自分の書いた評論的文章を、もっと分かりやすくということで、小説家にその文章を直されたことがある。ここでおもしろいことが分かったのだが、その結果の文章は、一種の「翻訳」なのであった。小説が読者に何かを詳細に伝えるために、わかりやすくするという表現行為に出たとき、なにをその文章構成に求めるかといえば、最も手っ取り早い方法として母語的感性の張り付いた音声言語を文字化するか、パターン化した日常行為の視覚的行為を翻訳描写することをモットーにしていることだ。しかし評論では、それができない、いや、してはいけない行為である。ここが難しい点なのだが、評論の文章構成は覚めて黙読的であろうとする。目標とする意味に到達するその思考のプロセスまでも言葉のニュアンスとして含めて展開させていかなければならない。見えない部分のプロセスをも示しながら曖昧になる危険を犯しながらでも、副詞形容的に追加して論の展開を図ろうとする。読者は、このプロセスの言説を難しがり、ややこしがるのである。しかし、この点は、評論を読む読者が、その論者の癖として、慣れていかなければならない問題で、この学習が必要だからこそ多くの読み手は毛嫌いするのである。小説に慣れるというのとは少し異なるしかたである。小説にもこういう要素は要求されるが昨今の小説は、読者のその怠慢を恐れて、実作者が迎合するようになった。小説はそれでよいかもしれないが、評論文は残念ながらそうはいかない。出発点において、評論は一般的な相手を要求する表現ではないからである。自ら習熟し慣性化して、その独特さを好みとした読者のみが、論文を読む持続が与えられるのである。その結果それを必要としたものだけがその形式に慣れて少しづつ読み進んで論者と同時進行で創り上げる表現世界なのである。かって評論文が、一般に歓迎され、昨今のように社会学的批評文の全盛のような今を求めていたであろうか。かってはそうではなかった。明らかに、今のその方向(社会学的評論)は異なっている。分かりやすくは、どうしても翻訳という転換を余儀なくさせる。それは、やはり違った世界が視点の差異として生み出される行為に過ぎないのである。